原作:セルラー(2004年、アメリカ)
監督:ベニー・チャン
ネタバレ度:★★★☆☆
あらすじ
ロボット設計士でシングルマザーのグレイスは、ある日突然男たちに襲われ、誘拐されてしまう。
監禁された部屋に設置されていた電話機も目の前で破壊されてしまうが、辛うじて修復し、誰とも知らない番号に助けを求める。
偶然繋がったのは冴えないサラリーマン・アボン。
いたずらと思い最初は取り合わなかったが、誘拐犯の怒声と銃声を聞き、協力を決意する。
だが、彼にも実に小市民的な、重要な予定が控えていた。
ハリウッドの名作サスペンス『セルラー』の香港リメイク作品。
ザ・“平凡な“主人公
主人公のアボンは、ヒーロー感などさっぱりないただのサラリーマンです。
しかも闇金の取り立て屋の下っ端という、ある意味底辺にもほどがある小市民です。
『セルラー』ではちょっと頼りないけど割とマッチョなサーファー青年だったのが、ずいぶんと弱そうになったものです。見た目なんてさまぁ~ずの大竹ですし。
言動もまるで自信がなく、そんな自分にコンプレックスを抱いているのが見て取れます。
おまけに離婚の関係で幼い息子を海外へ見送りに行かなければならないという、切ない事情を抱えています。
乗ってる車も緑色のかわいいコンパクトカーで、頼りないったらありゃしません。
しかしその大竹が超頑張るんですよ。
監督がハリウッドに対抗心を燃やしたらしく、アクションメガ盛りにしたもんだからもう大変。
白人ジョックだったら辛うじて何とかなりそうだった任務の数々が、お笑い芸人への無茶振りにしか見えなくなってきます。
誘拐犯一味に見つからないように追跡したり、新たな人質を取られないために先回りしようとしたりと、敵とニアミスする度に緊張感が本家の比ではありません。
『セルラー』ではとにかく敵に見つからないように、ギリギリまで存在を隠して、できれば警察に任せようと暗闘していました。
それが上質なサスペンスとしての緊迫感を保っていたのです。
けれど本作では、とにかく敵側との距離が近い。警察署に駆け込む余裕すらない。
しかもすぐテンパる情けなさ故に、即捕まってゲームオーバーな緊張感があります。
基本的にヒロイン側のみ危険だった原作よりも、恐怖度は倍増です。
それでいて、そのコントラストがコミカルさにも直結していて、絶妙なバランス取りがされています。
大竹みたいな顔したオッサンがアワアワしながら壁に追突するだけで、可哀想なんだけど爆笑してしまいました。
コメディ要素は狙って増強されています。
携帯電話のバッテリーを手に入れる際、『セルラー』では電池が切れる前に長蛇の列をクリアするためやむなく銃で脅すという展開がありました。
今作では店員が仕事中に主人公を無視して同僚を口説き始めるという理由に改変されていました。緊迫している状況との落差が凄くて、これまたNON STYLE井上みたいな顔した店員がとてつもなくウザかったです(笑)
うん、これは拳銃ブッぱしてもいい。
なんかハリウッドよりもハリウッドしてる
何と言っても、敵側の圧迫感がすごいです。
『セルラー』もかのジェイソン・ステイサムが誘拐犯のリーダー格として登場します。世界で一番カッコいいハゲ、悪役だと超怖え。
しかし人質のヒロイン(キム・ベイシンガー)には妙に手ぬるいような所があり、それが伏線だったりもしました。
彼らの正体を知れば、何となく納得できるようなプロットに練られています。
ですが、本作の誘拐犯たちはかなり容赦ありません。
『セルラー』と違って主人公の存在が中盤で発覚してしまうので、ガンガン銃ぶっ放してきたり、ヒロインの娘に直接銃を突き付ける所を見せて脅します(原作では声のみ聞かせる)。
最初に誘拐する際も、いきなりヒロインの乗った車に追突してくる始末。本家を視聴済みの人ほど、あの不意打ち感に驚いたことでしょう。
リーダー格のポジションも、見た目完全にマフィアな人になってます。
悪役やってる時の西村雅彦です。
物理的な暴力とは別の、無言で生皮とか剥いできそうな凄みがありました。
原作の意外とポカミス多くて付け入るスキがあった筋肉軍団よりも、冷酷に追い詰めてくる感じがヤバいです。
しかも、『セルラー』と違って一般人の主人公がこいつと直接対決するハメになるのです。あれだけ勝ち目の見えないラストバトルは始めて見ました。
この物語には、もう一人の主人公がいます。
元は優秀な特殊部隊員だったものの、過去の失敗から冷や飯を食っている警察官です。
『セルラー』の彼は見た目、貧弱なマリオみたいでありながら、実はかなり優秀という意外性のあるキャラでした。
本作ではその可愛げのある部分が主人公アボンに吸収されてしまったため、ストイックでストレートに有能さがにじみ出るクールガイにされています。
原作では終盤の戦闘シーンは警官である彼が請負い、主人公はフォロー役でした。
両者ともバリバリバトルすることにされた本作では、彼の方もダイ・ハード並の大立ち回りをすることとなりました。
スマートに証拠を挙げて逮捕なんて生ぬるい。とりあえず悪いやつは全員ぶっ殺しとこう。
実にハリウッドです。
それでいて、スマートな部分はよりINT高くなっていたのが小憎いです。
『セルラー』では二つ折りのケータイで「証拠ビデオの映像をカメラで撮ってやったぞ!」と、機械が苦手な女子大生みたいな顔でドヤってましたが、それから早4年。
普通にメールで動画のコピーを送信していました。ケータイ勃興期は確かに動画をメール添付なんてできなかったな……
また、ちょうどキャッチホンの機能が付けられていたりと、急激に進歩し普及した携帯電話の機能が物語に組み込まれていて、何だか遠い目をしてしまう気分にも襲われました。
もしスマホの一般化した現在で再リメイクしたらどうなるか、思いを馳せるのも一興です。
王道は正義
エンディングもとてもハリウッドしてます。
『セルラー』では主人公にはお目当ての女の子がいて、『イマイチ軽くて真剣さが足りない』部分を敬遠されていました。
そう、この物語は軟弱な男子が一人前の“雄”になるためのイニシエーションだったのです。
しかし、最初からヒロイン以外の想い人がいるために、せっかく助けても何だか釈然としないものがあったのです。
何せキム・ベイシンガーにも愛する夫がいて、主人公との恋愛フラグは立ちようもありません。
だいたいその旦那のおかげでみんな酷い目に遭っているのですが、子供もいるし、致し方ない話です。
翻って、本作のヒロインはシングルマザーです。そして、主人公は離婚したばかりの傷心です。
何を言いたいかわかりましたか?
その頼りなさ故に三下り半を突き付けられてしまった冴えない男が、命がけの戦いを経て覚醒し、救い出したヒロインと結ばれる――
嗚呼、これぞ連綿と受け継がれてきた美しきヒロイズム……!
フェミニストがマッチョイズムだ!とブチ切れそうですが、んなこたぁどうでもいいのですよ。
原作『セルラー』では主人公とヒロインの距離感が故に、とてつもなくオシャンティーなセリフで締めくくられますが、リア充は仲良くタピオカでも食ってろ。
このわかりやすく即物的な感動こそがハリウッドなのです……!! 異論は認めん!
本作は、まるでメジャーリーグを目指す日本の野球選手のように、ハリウッドへの輸出ばかりだった香港映画界に、初めて逆に『ハリウッドからのリメイク』の野望を達成した作品とのこと。
上質ながら多少地味なサスペンスと、ハイレベルながらベタベタな娯楽作品。
どちらが好みかは人によると思いますが、甲乙付けがたいクオリティに仕上げたその意欲と腕前には感服です。
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