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市川崑監督 「病院坂の首縊りの家」 1979 レビュー

市川崑監督 「病院坂の首縊りの家」 1979 レビュー

横暴で短絡的な男

 病院坂の勾配は鋭い。遠くから観るとほとんど直角であるかのようだ。この坂を人力車が登る。周囲に緑はなく、色彩は灰色と薄茶色のみ。「病院坂の首縊りの家」は淡い色彩と鋭い構図の映画である。

 オープニングのタイトルバックは、ジャズバンドの演奏シーンだ。舞台は1951年、架空の町である吉野市は、関西の盆地に位置するのか、人々はうっすら関西訛りで話す。バンドは、各地の進駐軍相手に演奏するため、ジープでドサ周りしている。リーダーは、トランぺッターのあおい輝彦、妹の桜田淳子がシンガー、ギタリストはピーターだ。あおいと桜田は血の繋がっていない兄妹であり、幼いころから支え合って生きて来た。あおいは桜田に恋情を抱き、強引に求愛する。桜田は兄を敬愛してはいるが、兄と結婚することは受け入れ難い。

 あおいだけではない。この映画の男たちは、横暴で短絡的な強欲に支配されている。最たるは、久富惟晴だ。法眼病院の傍系である久富は、血縁を強めることで権勢を強めるため、佐久間良子の縁談を強引に決める。そればかりか、15歳の佐久間と無理矢理性交し、その姿態を写真館の店主に撮影させる。写真館の二代目である小沢栄太郎は、甲板をネタに佐久間を脅迫する。写真の甲板が写真館に保存されていたことが、殺人事件を引き起こす原因となるのだ。

娘と孫娘

 男たちと違い、女たちは、地に足がついている。複雑な血縁関係に翻弄されながら、佐久間良子と桜田淳子は、常識的な感性で生き抜こうとする。桜田淳子は二役を演じている。佐久間の娘役と孫娘役だ。複雑な血縁は、同年代の娘と孫の存在を生じさせているのだ。娘は素封家のわがまま娘だ。佐久間も溺愛してきたのだろう。苦労して育った孫娘は、素直で芯の強い娘に育っている。孫娘の兄であるあおいは、佐久間と法眼一族への恨みを募らせ、復讐を画策する。あおいは娘を誘拐するのだが、いくら娘と孫娘が瓜二つだとはいえ、娘にも性的欲求を抱く。わがままな金持ちの娘と苦労を知っている素直な孫。わかりやすい性格の違いとはいえ、桜田の二役の演じ分けは素晴らしい。

 佐久間良子は、堂々たる主演女優として、映画の中核に鎮座している。東映の看板女優として活躍してきた佐久間は、ヤクザ映画にはあまり出演せず、「五番町夕霧楼(1963)」「越後つついし親不知(1964)」「湖の琴(1966)」などの文芸路線にて、日本の女の細やかな情愛を体現した。渥美清と共演した「列車シリーズ(1967)」のはんなりとした女らしさも忘れ難い。そんな佐久間良子も40歳。女性としての成熟は、実年齢以上に見える。本作と「細雪(1983)」、市川崑作品の二本が映画女優としての最高傑作だろう。

 佐久間は、病院を経営する法眼家の女主人として、威厳をもって家業を切り盛りしている。一族や雇人の信頼も厚い。複雑な血縁が遠因の事件に巻き込まれるが、決然と対処しているうちに、自身が事件の中心となってしまう。運命に翻弄されながらも現実的に状況を切り開く女。しかし、過去の性的トラウマからは逃れられない。

久富と佐久間の性交写真は着衣のままであり、結合部が移されてはいない。そして、この映像は、映画が映し出している。女優としての佐久間良子は、性交を模したシーンの撮影を了承しているのだ。これは、映画のセックスシーンとしてそれほど過激なものではなく、映倫はR指定していない。多くの女優はこのレベルのセックスシーンを演じているし、映画が公開された1979年ごろから、女優たちは、こぞってヌードを晒すようになった。まして、現代では、局部の結合を大映しにしたAVが発売されているのだ。

 殺人を犯すほどの強い精神の持ち主が、性的恥辱には耐えられない。戦後の土煙がくすんだ映像が続くなか、性的残忍さをも映像の一要素としている市川崑のクールな感性を感じられずにはいられない。

清水綋治と草刈正雄

 石坂浩二の金田一耕助は、いつもどおり印象が薄い。慧眼の探偵は、見事に謎を解明するのだが、彼の活躍に喝采する観客は少ないだろう。個性の薄い主役の周囲に、日本的情緒たっぷりの血族が争いあう。横溝正史と市川崑の構図は、優れたルーチンとしてシリーズ五作を通じて揺るぎない。

 本作では、加えて魅力的な人物が登場する。清水綋治と草刈正雄だ。清水は小沢の息子で写真館の三代目。草刈はその弟子だ。映画プロデューサーの息子で俳優座出身の清水は、退廃した演劇人の典型のような容貌だ。「暗室(1983)」の作家役が印象深い。老いて尚、事業欲旺盛な小沢に比して、頼りない息子を演じているのだが、清水の本性はそんな単純なものではない。彫が深く退廃的な清水の容貌が現れるたび、不穏な空気が漂う。

日米ハーフの草刈正雄は、目鼻立ちの整った美男だ。探偵のように推理したり、調査したりすることが好きらしく、写真館の仕事をサボっては探偵に励む。自ずと石坂浩二の周辺にまとわりつくようになり、助手のように振舞ったりもする。市川崑は、金田一の後継者候補を登場させたわけで、ラストシーンでは石坂ではなく、草刈が横溝正史を訪ね、映画は幕を閉じる。しかし、草刈がこの後、金田一耕助やその他の探偵を演じることはなかった。「復活の日(1980)」の科学者役の熱演が草刈の最高傑作となり、「汚れた英雄(1982)」、「湾岸道路(1984)」では、端正に男くさいルックスを活かしてスーパークールな男を演じた。

市川崑の構図

 廃屋となった病院、採石場のガレージ。土埃の舞う戦後を象徴するような建物で、殺人事件が起こる。石坂と草刈が推理をめぐらせながら歩く、吉野市のメインストリートには、三木のり平が経営する古ぼけた古本屋があり、この地の歴史を静かに保存している。法眼家の重厚な日本間にも、本条写真館にも灯火は乏しい。部屋の隅々まで電灯が照らしたのは昭和も後期になってからで、屋内にも部屋の隅に闇は残存していたのだ。

 市川崑の構図の基本は、バストショットだが、引きの絵やアップ、回想的な短いインサートを縦横無尽に差し込んでくる。余韻を残さずスパッと切り上げるカッティングは、観客の過度な映像への没入を拒んでいるかのようだ。草刈が石坂に法眼家の家系を説明するシーンがある。あまりのややこしさに、おそらく観客は理解できないだろうが、石坂も正直に「さっぱりわかりません。」という。推理の謎解きも、おそらくは観客の一定数は理解しないまま映画は進む。

 複雑な血縁、日本の古い家系の古い因襲、我欲の強い人物の色と金への執着、戦後社会の混迷とリセットの奇妙な清涼感、古い日本建築の陰影。すべては、市川崑のスタイリッシュな映像の素材に過ぎない。したがって観客は殺人者へ恐れをいだいたり、倫理的に糾弾したりしない。完全なるフィクションとしてこの舞台仕立てを愉しむだけだ。

 そんな映像世界に、市川は絶妙にコメディリリーフを差し込む。警部役の加藤武をはじめ、大滝秀治、三木のり平、草笛光子、三谷昇、常田富士男、岡本信人は、シリーズの常連として、平凡な人の感性をユーモラスに発して、事件の異常性との対比を鮮やかに生じさせている。

 金田一耕助シリーズは市川崑監督、石坂浩二主演の5作品の他にも、映画、テレビで多くの作品が製作されているが、市川崑の映像美学がピークに達していた1970年代後半のこのシリーズに匹敵するものはない。 

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佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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