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市川崑監督 「炎上」 1958 レビュー ネタバレあり

市川崑監督 「炎上」 1958 レビュー ネタバレあり

抽象的な美とスタイリッシュなモノクロ映像


青年は、社会との不適合に直面する。社会は、ニューカマーをすんなりとは受け入れない。受け入れられるためには、具体的な利益を提供しなければならないし、害悪を与えない存在であることを証明しなければならない。
青年に利益を創出するスキルなどない。そのくせ社会に反抗的な態度はとる。社会人たちは、そうした未熟者を嘲笑いながらも、結局は真摯に育てていく。世代間の葛藤が健全に行われ、活発な火花を散らせてこそ、良き伝統も受け継がれ、悪しき旧弊も駆逐される。
三島由紀夫の「金閣寺」は、金閣寺放火事件を題材として、放火犯である学僧の内的な葛藤を、硬質な文体で描いた小説である。人生や性の成就に立ちはだかる、金閣寺の圧倒的な「美」の観念を精緻に抽象化することに成功している。
市川崑は映画化にあたって、「美」の抽象化という観念的要素をそぎ落とし、社会へ適合できない青年の悲劇のみに主題を絞った。戦中戦後の京都の街並みや寺院建築をモノクロのスタイリッシュな映像に活写した。そして、市川雷蔵は、自身の奥底に潜む虚無を、初めてリアルに見せつけた。

市川雷蔵の端正な虚無


雷蔵は、大阪歌舞伎の役者から、大映京都の映画俳優に転身し、剣劇スターとして成功していた。歌舞伎や時代劇という虚構性の強いフォーマットで様式美を追及していたのだが、「金閣寺」を原作とした「炎上」への出演を転機として、虚無的なリアリズムを体現する俳優として、卓越した存在感を発揮した。市川崑監督とのコラボレーションは「ぼんち(1960)」、「破戒(1962)」といった傑作群を産み出している。市川監督は、「炎上」の京都寺院、「ぼんち」の大阪商人、「破戒」の被差別部落という関西文化の光と影を、鋭い映像感覚で描き、その中核に雷蔵を鎮座させたのだ。雷蔵の虚無がフィクションとして完成形を見るのは「眠狂四郎」シリーズであるが、ここで雷蔵は、寒風吹きすさぶ江戸の荒涼とした背景の上に、「虚無的な殺陣」という極めて日本的な格闘技のフォーマットを作り上げた。


対して「炎上」の学僧が吐露するのは、いわば未熟な虚無だ。日本海の小さな村に育った学僧は、幼いころから社会に適合できず、重度な吃音がその無様さを助長している。亡き父の朋友である金閣寺の住職のもとで修業することとなった彼は、その素直な気質を見込まれたのか、仏教系の大学へ通いながら、住職の後継候補としての道を歩んでいる。
順風満帆な人生の前に立ちはだかるのが、金閣の「美」だ。大学で真面目に勉強することも、寺の人間関係を巧くやりこなすことも、自分の過去と折り合いをつけることも、女性への興味や性欲に対処していくことも、悉く金閣の「美」が阻んでいく。「美」は世俗的な小さい成就を、決して認めないのだ。

三島由紀夫の崇敬する虚無


学僧の精神構造には、恐らく三島自身の青年期が色濃く投影されている。早熟な少年は、性行為後の苦々しい爽快感を重ねて、大人になったような気分になる。少年も少女も早く大人になりたくてうずうずしているので、ちょっとした初体験の連打に浮足立って、周囲の奥手たちに対して、絶大な優越感を感じる。
対して、三島のような抽象的な少年は、世俗的な事の成就を軽蔑している。と同時に、憧憬もしている。経験を重ねれば嫌でも直面する「二律背反」を、先回りしたかのように感じてしまっているのだ。未熟な彼に二律背反をバランシングすることなどできるはずもなく、当然のように彼は、虚無にとらわれていく。現代には、金閣寺のような美しい虚無は存在せず、テレビに代わってインターネットという新しい虚無の王者が君臨しているところだ。
三島にとっての虚無は、「天皇」に帰結する。この偉大な虚無を崇敬しながら、民主主義の邪悪さと戦い続け、その葛藤を、硬質で精緻な文体に刻んだ。「金閣寺」の学僧は、三島ほどの高度な抽象性を獲得しているわけではないが、明らかに天皇の象徴である金閣寺の美しさについて、様々な観念を披歴する。

仲代達矢の圧倒的世俗性


住職を演じる二代目中村鴈治郎も、大阪歌舞伎の大御所だ。いかにも関西人的な磊落さで、大映映画の諸作でも名演を見せた。市川監督「鍵(1959)」、小津安二郎監督「浮草(1959)」、小津監督「小早川家の秋(1961)」などが忘れ難い。「炎上」では、経済的な手腕も持ち、妾も持つ、世俗に長けた住職を巧みに演じた。
鴈治郎は、雷蔵の未熟な虚無など見抜いた上で、生来の素直な人柄を評価している。実直な人物であった雷蔵の父との信頼関係も強く、託された息子の父親代わりになろうと考えている。拝観者の女性とのいさかい、大学の友人である仲代達矢との金銭トラブル、大学への不登校、自殺念慮の出奔なども、不器用な人間の成長過程として寛容に見守っていく腹積もりだったのだろう。


仏教の教義を極める宗教者というよりは、世間智に長けた家長。寛大で柔らかい父性は、古き良き関西の伝統文化を体現している。彼のようなタイプの関西人は、現代ではめったに見られない。
対して、日本的な調和を打破し、個人主義を強く主張する演劇人が仲代達矢だ。舞台をホームグラウンドとして持ち、映画会社と専属契約をしない、新しいタイプの俳優だった仲代は、当時26歳。大阪歌舞伎の伝統を出自に持つ雷蔵や鴈治郎への対抗意識も強かったのだろう。仲代は、自らの足の障害を逆手にとり、次々と女を口説いている。憐憫の感情に訴えかける阿漕な作戦だ。雷蔵が障害者同士の親しみを持とうとしていることを見抜き、障害をも武器として世の中に立ち向かう強さを持たない雷蔵を非難する。
自身のひねくれた情熱を源泉として社会と戦うな仲代の存在によって、雷蔵の消極性、未熟さが際立つ。当然のことながら、仲代も虚無を抱えているはずだ。それが垣間見えるシーンも多い。大人しい雷蔵と違って、こってりと虚無と戦う仲代は、いわば欧米的な心理傾向を持つ人物として描かれている。虚無を絶対の敵だと考え、完全に打ち勝とうとする仲代と、自分を苦しめる虚無をも自らの一部であると考え、更にその源泉を「美」という観念に依拠する雷蔵。
合理的に人生を切り開く行動力に憧憬しながらも、アジア的な混沌の観念の象徴として天皇を崇拝する三島の思想が投影されている。

市川崑の黄金時代


1958年~1962年、市川崑が大映で傑作群を放っていた時代が、日本映画の絶頂期でもある。「炎上(1958)」、「あなたと私の合言葉・さようなら、今日は(1959)」、「鍵(1959)」、「野火(1959)」、「ぼんち(1960)」、「おとうと(1960)」「黒い十人の女(1961)」「破戒(1962)」「私は二歳(1962)」。
明治~昭和初期文化と高度成長期のハイブリッド。ドライでシャープな感覚で研ぎ澄まされたモノクロ映像。鈍く濃い人間心理を濃厚な色彩感覚で描いたカラー映像。絶好の時代背景のもと、大映の素晴らしい俳優陣と作り上げた43歳~47歳の傑作群。


 原作者三島由紀夫33歳、監督市川崑43歳、主演俳優市川雷蔵27歳。現代の感覚でいうとかなり若い。サブカルチャーという言葉がまだなかった時代、比較的新しいメディアである映画は、エンタテイメントだけでなく、ハイカルチャーや前衛も包含していた。若き天才小説家の観念世界は、技巧派映画監督によって、シャープかつスタイリッシュに映像化された。陰影に富むモノクロ映像に映し出される時代劇スターは、坊主頭で吃音の学僧を演じ、クライマックスでは文字通り、いちばん大事な「美」を「炎上」させる。

ABOUT THE AUTHOR

佐々木 隆行
佐々木隆行(ささきたかゆき)

1969年生まれ。広島県出身。青山学院大学中退。IT企業勤務。
最初の映画体験は「東映まんがまつり」。仮面ライダーがヒーローだった。ある年、今回は「東宝チャンピオンまつり」に行こうと一旦は決意したものの、広島宝塚へ歩く途中に建っていた広島東映「東映まんがまつり」の楽し気な看板を裏切ることが出来なかったことを痛切に覚えている。

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