広告という虚業
「美味しいです、買ってください。」広告の目的はそういうことだが、そんな言葉で消費者のこころは動かない。思わず漏れる笑み、爽快感、甘酸っぱい気持ち、暖を取った時のほっこり感、動物の赤ちゃんって可愛い、などなど。消費行動の周辺に寄り添う感情を狙い撃ち、ハートを鷲掴みにしなければいけない。
つまり、虚業だ。実体のあるものを生産しているわけでもなく、インフラや秩序を守っているわけでもない。短い映像の力で、人々の間に「空気」を漂わせる。「空気」は、製品やサービスの性質からかけ離れてしまうこともある。ディレクターのスカしたこだわりは、広告をエキセントリックな記号にしてしまう。しかし、具体性の伴わない、抽象的な記号こそ、文明の洗練度を測る物差しだともいえる。
「ジャッジ!」は広告業界を舞台にした映画だ。監督の永井聡はCMディレクターで、脚本の澤本嘉光はCMプランナーだ。業界人たちが、ノリの軽いいい加減さや、ハッタリの強引さを自ら揶揄して笑わせる、内幕ものというところだろう。
日本人は、誠実で真面目な人物も大好きだし、薄っぺらく世渡りしているお調子者も大好きだ。主演の妻夫木聡は要領の悪い男だ。周囲に数多いるいい加減な人々に示唆を受け、ハッタリの才能をいっとき発揮するが、最後には誠実さで勝利を収める。
「ジャッジ!」は、このお約束ストーリーをわかりやすいエンタテイメントにキッチリ着地させている。
いい加減な面々
妻夫木の上司、豊川悦司。多くのCMで成功を収めてきたキレ者だが、所詮はサラリーマン。面倒な責任からは軽やかに逃亡し、妻夫木に押し付ける。演技派ベテランの豊川は、この類型的にいい加減な人物をサラリと演じている。
窓際社員のリリー・フランキー。プレゼンの重要なポイントでハッタリをかます術を妻夫木に伝授する。リリーは、いつのまにか日本を代表する脇役俳優になっているが、こんな変人を許容する日本映画界も意外と懐が深い。
代理店の社長、風間杜夫。「蒲田行進曲(1982)」「インスタント沼(2009)」で見せたエキセントリックな芝居は、滅法面白いが、その実、かなり嘘くさい。温厚で誠実な役をこなしているときの風間はもっと嘘くさいが。
先輩社員の加瀬亮。気の弱い妻夫木に厳しくあたる。広告業界の看板を嵩に、粋がってはいるが、特に個性が強いわけでもない、所詮はしょぼいサラリーマン。「旅のおわり世界のはじまり(2019)」のTVディレクター役が想起される。
経理を演じる松本伊代。「伊代ちゃんは、『センチメンタルジャーニー』のころと全然かわらない」と早見優に言われているが、さすがにそんなことはない。本作では、事務職のおばさんとして天然にハマっているが、そもそも松本は、芸能人というより、その辺にいる、ちょっとバカな女だ。
ディレクターの木村祐一。古き良き関西人のキャラを受け継ぐ木村だが、業界人の役も似合う。しかし、木村の演技は天然ではない、「ゆれる(2006)」の検察官、自身の監督作「オムライス(2011)」の散歩する男。唯一無二の存在感を持つ名優の主演作を是非とも観てみたい。
ちくわ会社社長、でんでん。彼こそ、ムラ社会の長であり、牢名主であり、ソープランドの経営者だ。実業の世界で成功するのは、あらゆる困難を解決し、事を成し遂げるでんでんのような男だ。彼にとっては、広告代理店など鼻くそなのだろう。しかし、でんでんもまた、代理店以上にいい加減なのが、怖ろしい。
「サンタモニカ国際広告祭」のブラジル審査員、荒川良々。いつもの荒川のルックスのままで、ブラジル人役というのもふざけた話だし、片言の日本語にも工夫がない。雑なキャスティングに雑な演技で適当に流しているというところか。その在り方が広告代理店っぽいのだが。
北川景子の可憐さを存分に堪能してください
そんなアホたちのなかで、キラキラ輝いているのが北川景子だ。ドンくさい妻夫木と対照的に、北川は、先輩の加瀬にも優秀だと言われている。自分でも、仕事ができる女を自認している。
しかし、そうか? 北川は確かに美人だ。顔も小さい。しかし、年を重ねてより濃厚な女っぷりを見せる鈴木京香と比して、いかにもチンチクリンな小娘だ。実際に鈴木に服装のチープ感を揶揄されたりもする。常に妻夫木を小馬鹿にしているが、愚鈍さを非難する語り口に、破壊力はない。ネガティブに濃厚な毒が包含されてないのだ。単なるわがままいっぱいなお嬢さんにしか見えない。
だとすれば、可愛いに決まってる。プンプンと怒っている怒り顔はかなりキュートだ。怖くない。そこで、誰しもが気づく。本当は妻夫木のことが好きなんじゃないの? まあ、キャステイングからして、この映画が二人のラブストーリーであることは、想像がつく。「喧嘩ばかりしているけど、本心は?」ってやつだ。このわかりきった定番を明るく楽しく演じる二人に好意を持たない観客はいない。
ラストシーン、妻夫木と鈴木のハグに小さく嫉妬する北川の可憐さといったら! プールサイドで抱き合う二人は、映画のど真ん中に鎮座し、スターとして燦然と輝いている。そこでちょっとだけ北川に浮かぶ疑念。言い加減に相槌を打つリリー。切れ味素晴らしく映画は幕を下ろし、北川景子がめちゃめちゃ可愛い、という印象が強烈に残存する。
広告代理店映画の軽薄な系譜
一説によると、メディアに於ける電通の影響力は、かなり支配的らしい。広告という虚業の業界は「ザ・業界」として、テレビドラマでも多く描かれてきた。その中で、燦然と輝く広告代理店映画が日本映画史上、二作存在する。
井坂聡監督「g@me」では、藤木直人が広告代理店の若きエリートを演じている。虚業の本質を正確に把握し、スマートに仕事をこなす藤木と、クライアントの副社長である石橋凌の頭脳戦は、サスペンスフルに滅法面白く、井坂監督の演出も冴えわたっている。また、この映画は、仲間由紀恵の美しさの絶頂が刻まれている作品としても忘れ難い。石橋の娘である仲間は、二人の頭脳戦の間でクレバーに立ちまわるが、やがて藤木への恋心との狭間で苦悩する。
癖のない顔立ちの優男である藤木は、妻夫木と同じタイプかもしれない。エンタテイメント映画に、重厚な人間ドラマは要らない。ほどほどに荒唐無稽なストーリーに、美男美女の恋愛が絡まっていれば、スタイリッシュな夢心地が完成するのだ。
森田芳光監督「そろばんずく」は、かなりラディカルに広告代理店の虚業ぶりをデフォルメしている。この映画の主演は石橋貴明であり、石橋とライバル代理店の幹部、小林薫との闘いが主題となる。豊川悦司と妻夫木聡、石橋凌と藤木直人の関係性がここで重なり合う。ベテランの仕事師と意欲的な若者の対決は、男っぽい争いになりそうなものだが、舞台は代理店。彼等の闘いは、あくまでドライで軽い。ヒロイン、安田成美の可憐さと程よいユルさもいい線付いてくる。そんなドタバタ喜劇のなかで、フワッと漂っている存在が、木梨憲武だ。妻夫木の気の弱そうな佇まいは、木梨の系譜だろう。
頼りなさそうで、優柔不断な男。いつも損な役回りばかり押し付けられる。でもちょっと伏目がちな視線がどことなくセクシーなの。松田聖子の演じさせた松本隆のえげつないヴァーチャルリアリティーを実現し、安田をゲットしたのが木梨憲武だったのだ。
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